あおぞら診療日記「まるくん」

 

ひとたびオトナに育ってしまえば(だいたい1歳過ぎくらいでしょうか)、ネコちゃんというのはほとんど医者要らず。基本的に7歳あたりまでは何も起きないのが普通です。

しかし、ヒトで言う乳幼児期に相当する頃となると、実はかなり脆弱。ネコが概して多産(妊娠出産の回数と分娩頭数の両方)であることの所以でもあります。

家庭に迎え入れられたころのまるくんは、虚弱というほどではありませんでしたが、おなかの調子が不安定な子ネコちゃんでした。

動物の体格を規定する骨格の成長というものは、おおむね生後10~15か月にかけて完了し、その時期を大きく過ぎてから「育つ」ということはありません。ヒトと同じく、骨格の成長は「成長期」にしか実現しないのです。

幼少猫において再発を繰り返す下痢は、様々な原因によって引き起こされ得ますが、食事や外部環境の整備にもかかわらず状況が好転しない場合、「おなかが弱いんですね…」的な話に帰着することになります。

それは事実に相違ありませんが、目に見える病理変化に対して相応の診断や治療が適用される西洋医学的な流儀に拘泥していると、十分な栄養吸収が担保されないまま不毛な検査に明け暮れ、二度と戻っては来ない「成長期」を取り逃してしまうことにもなりかねません。

栄養状態が万全とは言えないままに成長期を終えてしまった動物は、骨格にゆがみが生じたり、遺伝的に予想される大きさよりもかなり小柄な体格のまま骨端の閉鎖を迎える(成長期が終わる)ことも少なくありません。

こうした体格的な出遅れは、後日取り返すという訳にはいきませんから、その枠組みの中で精一杯生きてゆくということになります。

まるくんの場合も、除外診断の結果、いわゆる「おなかが弱い」というくくりで幼少期を過ごしましたが、骨格等の成長に影響が出ないよう十分な期間、漢方を使った体質改善を実施。

上掲の写真の時点でも十分立派な体格を誇りますが、さらにもう一年後のつい最近、予防接種でお目にかかったとき、かつて医療者として立ち会った「おなかの弱いまるくん」時代の記憶が強烈な私は、さらにスケールアップした貫禄に深い感動を禁じ得ませんでした。

以来、子ネコちゃんのしつこい消化器症状で当院へ相談にみえた方には、まるくんのことを思い浮かべながら「大丈夫。全然間に合いますから!」と自信たっぷりに激励させてもらっております。

=====================命はもともと自立的=====================
病気になったとき、それを治すとはどういうことでしょうか。
たとえば胃に炎症が生じて食欲がなくなったときに飲む胃薬。
炎症で傷んだ胃粘膜を様々な機序を介して修復することを助けますが、
飲んだ胃薬そのものが胃の中で「正常な胃粘膜」に変身したり、置き換わることは出来ません。
炎症で壊れた胃粘膜も始めはそうであったように、
損傷部を修復するために新調される胃粘膜もまた「身体」が作ってくれます。
繰り返しますが、胃薬は修復の過程を助けるのであって、
飲んだ薬自体が胃粘膜に成り代わって胃の中に存在し続ける訳ではありません。
傷んだ身体(の一部分)を元通りに直すのは例外なく身体自体の営みで、
治療はそれを促したり、邪魔する要因を取り除くだけです。
つまり、命は本来自立的であるということ。それに寄り添うのが治療者の役目。
動物にその自覚を求めるのは無理としても、われわれ獣医療者はもちろん、
飼い主さんにとってもこの深淵なる原理への理解は意義深いでしょう。
命が自立的であることへの理解を(無意識的な場合も含めて)深めた飼い主さんが、
最愛の動物を健やかな状態に保つことに成功している様子は、
獣医師の私にいつも清々しい感動を与えてくれます。
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