あおぞら動物医院

漢方・中獣医学・宮城県岩沼市・0223-24-0672

12月 10th, 2014

③原発再稼動問題

中世界, by aozora.

シリーズその3は当サイトおなじみの原発。原発そのものを一体どうするつもりかという視点と、原発に代わるエネルギーとして、いわゆる再生可能エネルギーというやつが現時点で妥当かつ合理的なのかどうかという視点が必要。政府自民党はこれから数年の間にフクシマなど「何もなかったかのように」従前同様の方式(老朽原発をいい加減な安全思想で運転し続けるから、たとえ運良く大事故が起こらずに過ぎ行く期間中も設備稼働率は低いまま、廃炉準備の積み立て不足も解消できず、目先のコストや面倒事は極力見てみぬフリをし続けるので、どこまで行っても誰一人結果に責任を取らない)に回帰する方針を固めているので、選挙で大勝すればこの路線が信任されたと宣言するのは確実。なんでいつまで経ってもそうなっちゃうのだか・・・。

③原発再稼動問題

これも結論は明らかで、百歩譲って原発に多少の生産性や経済合理性があったと仮定しても、その便益を享受する人と、リスクを背負う人との間に共通の事実認識と覚悟がない限り、その社会に原発を動かす資格(器量)はないということになる。ゆえに、日本は現状において原発を動かし続けるほどの社会的成熟を達成していないのは明らかで、再稼動もへったくれもないということになる。

私は原発はカネが無駄にかかりすぎるのと、上述の覚悟がないにもかかわらず、その自覚がない人々(原発を押し付ける人と引き受ける人の両方の大半が該当。核燃料廃棄物の地層処分に関し受け入れるつもりのない都会人と、もしまた福島の如き爆発事故があった暁には政府が保証して下さいなどと未だに本気で訴えている田舎の人。どちらの人たちにも覚悟のかの字もないまま、大それたことを言ったりやったりするさまは、醜悪としか言いようがない。)を見ていると胸糞が悪いので、原発は可及的速やかにそのスケジュールを確定して、やめる手続きを急ぐべきだという立場。

しかし、そこから先は現時点では、原発を維持推進したい人たちとはもちろんのこと、原発反対・即時廃炉を求める人たちとも、意見が合わないらしいということに最近気がついた(笑)。

私に言わせれば、採算度外視で補助金(税金)で甘やかされた上でしか普及しないレベルの太陽光発電や風力発電を推進している姿は、本質において、電源三法交付金がなければ立地が不可能で、「安全保障上の観点から」を方便に特権的な事実上の業務独占を前提にしか製造販売建設も不可能である原発に群がる人たちと、一体どこが具体的に違うといえるのか、本当に不思議でならない。本当に世のため人のために、未熟な技術を育て上げようというのであれば、私費で賄うのが当然であるし、それゆえ商業化の大前提が採算性に在ることもまた自明であるから、公費(補助金)をもらって太陽光パネルのメーカーで御座います的な製造者に、グローバルな競争力の獲得など望むべくもない。

そして何より、太陽光発電も風力も地熱も、火力発電と比べてどこがエコなのか、誰もマトモに答えられないのだという点を、果たしてどれほどの人たちが正しく理解して「再生可能エネルギー」なるものを推進しているのかが、極めて疑わしい。エネルギー保存の法則から、太陽光を抜き取って電気を起こせば、その分のしわ寄せは必ず発生するし、モジュールとしての発電効率が悪ければさらに損失が膨らむ。その上モジュール自体の製造に、発電による生産性をはるかに上回るエネルギーコストが必要な現状においては、エコもクソもあったものではない。水力も然り。川の流れをせき止めて発電すれば、川の流れの減衰に相当するしわ寄せが必ず発生し、それの修復や回復(浚渫しなければならないとか)にかかるコストを切り離して議論する姿勢には、これまたエコもクソもない。

二酸化炭素を悪者にするのは、それを儲けに結びつける仕組みを構築した後で仕掛けられた方便に過ぎない。かつて大気の95%が二酸化炭素だった地球上で、だんだん消費が進み(その大半が化石燃料として固定された)とうとう0.04%しか残っていない現在。これが100年かけて0.05%になるとどうなるかをコンピュータでシミュレーションした結果・・・とか言われても、多くの人は変だとも思わない。シミュレートしなくても、既に一度通ってきた道のりだから、調べモノ(地学、考古学的作業で十分)で確認できる範疇。コンピュータもへったくれもないが、補助金交付の方便として格好だから、愚を承知で出鱈目にシミュレートしただけのこと。0.01%濃度が上昇しても、ヒトを含めた地球上の生物が生存の危機に晒されるような気温上昇になどならないことを、専門家は分かっているのに、そうじゃないフリをすると補助金が降ってくるものだから、偉くなる人ほど、後ろで舌を出しながら炭酸ガスは悪者だと言いつづける。

大気中での消費が進み、地中深くの化石燃料として固定された二酸化炭素を、化石燃料の燃焼によって再び大気中の二酸化炭素に戻す行為(石炭火力発電とか)は、人類を滅亡の危機から水際で救い出す画期的な作業だという話を聞いた時には、まさに目から鱗だったこともこの機会に申し添えておきたい。

太陽光も風力も、研究開発は大いに進めるべき。しかし、出来損ないの現段階で、出来の悪さを補助金で埋めようとか、補助金出すから出来の悪いまま漫然と非効率な発電ユニットを作ってくれても結構ですよといった類の愚行を繰り返すのだけは、もうやめて欲しい。そんな壮大な無駄を吸収できるほどの余力など、もう日本にはないのである。

直ちに石炭火力を基幹発電方式と位置づけ、一層の高効率化と環境負荷の低減(二酸化炭素以外の問題は当然いろいろあるわけだから)技術の磨き上げに、本気で取り組むべきである。そして、金食い虫で、既にパンク状態の核燃料ゴミの始末に現実的な引き受け手のない原発は、いい加減な運転思想が第二のフクシマを産み出す前に、大急ぎでやめる方向性を打ち出すべき。さもなくば、安い石炭火力を活用し、二酸化炭素温暖化のフィクションを鼻で笑って相手にしなかったがゆえにどんどん成長路線を突き進む中国に、ますますもって太刀打ちしがたくなり、あらゆる分野で後塵を拝する羽目になる。

フクシマにおけるあれほどの失態を世界に晒し、自国の領土の一部を使い物にならなくして、それでも原発恋しで炭酸ガス温暖化云々の寝言を言いつのり、自ら貧乏な小国に成り下がろうとするこの民族的自殺行為を「安全保障上の大問題」とも認識できず、土俵際、今にも寄り切られそうな尖閣問題について、一体何を議論しようというのだろうか?

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