
4月21-24日、東京国際フォーラムで開催された世界獣医師大会2026に参加する機会に恵まれました。日本での開催は31年ぶりなので、私自身に「次」は望み薄です。
座学の学会大好き人間の私にとって、公衆衛生や産業動物など、本業の小動物臨床「以外」の職域に関する講義が受けられる学会参加の機会は意外と貴重で、目新しい話題てんこ盛りの楽しいプログラムを満喫して参りました。
そうした純粋に学術的な講義のほかに、数は限られますが、より一般性の高い概論的な講演というものも用意され、表題の鍵山優真選手のトークセッションのような大会スポンサーが主催するものがあり、また世間の耳目を集めるという意味では、今回の東京大会の開会セレモニーや基調講演には天皇皇后両陛下と愛子内親王殿下のご臨席を賜るというサプライズまでありました(関連記事の情報リンクはこちら)。
平素より食事と身体パフォーマンスの関係に強い興味を抱く私は、北京・ミラノ五輪メダリストの鍵山選手がどんなことに意識を向けて体調管理をしているのかなどを話すらしい(勧進元の企業の人に前もって探りを入れておいた)と聞き、今大会参加の重大イベントと位置付けて楽しみにしておりました。
好みはあっても、食べられないものは無いとか、海外遠征時には白米と味噌汁(フリーズドライ)は必携で、体を冷やすようなものは食べない、競技本番が終了するまではパスタやピザを食べることはしないなどは、「やはりそうなのか」という感じで、体調の管理の肝は「自分の体調のわずかな変化を見逃さないこと」と語るに至っては、この若さでそこまで考え抜いてこその超人メダリストなのだと、唸らずにはいられませんでした。
生体が、全く正常な状態から一瞬にして生存が危ぶまれる状態に遷移することなど、外傷や毒物中毒を除けば、原理的に有り得ません。
何の前触れもなく・・・というのは、その原因や異変に気付くことが出来る人とそうではない人がいるということの結果でしかありません。子供の場合は、気付いたとしても適切に表現したり伝達することにもハードルがあり、愛玩動物の診療にも同様のハードルがあると言えます。
その点、大人はそんな言い訳など通りません。自己の身体状況がどうなっているのかを知り、問題が深刻化しないように適宜行動を変容させていくこと自体が、その人の生活能力であると言わなければなりません。
これは、そこが全くできていなかった私が身をもって実証した、信ぴょう性の高い結論であります(汗)。
しかしそれらにも増して印象深かったのは、フロアからの質問に答えるコーナーで鍵山選手が披露した思索の深さでした。
「鍵山選手は緊張しないタイプですか?緊張のマネージメントする秘訣とかありますか?」という質問に対して「僕はもともと非常に緊張する性格で、あがり性なんです」と応じると、同じく登壇していたスポンサー企業の社長が「今日もこのトークショーが始まるまでの間、控室に入ってからずっと鍵山選手は『あー緊張する~、どうしようやだなぁ~』って騒いでましたもんね」と追い込み、会場の笑いを誘いました。
その上で、「だからと言ってそれではアスリートとして困るので・・・」と前置きし、自分が緊張するときというのは、意識が「今ここ」から離れ、「今ここ」と関係のない「先」の方(~できるだろうか、~したらどうしようなど)へ向かっている証拠なので、そのことをしっかり意識して修正をかけ、「今ここ」で自分がすべきことは何なのか?を研ぎ澄ます作業に意識を集中させるのだと説明しました。
自分が緊張するというのは、自分の意識が「今ここ」ではない別のところへ向かっている状態であり、それはすなわち「気が散っている」ということなので、つまり集中力の問題なのだとも分析していました。
若きトップアスリートの言葉のもつ恐るべき説得力に、深く納得いたしました。
かつて私は、日常生活や人間関係にはっきりと悪影響を及ぼすレベルのあがり性や心配性に長らく支配されてました。2010年に小児歯科の先生が主宰する勉強会でA.エリスの論理行動療法を学ぶ中で、「心配性は無知と幼稚性の顕現」であることを知るまで、何か生得的なもの、自力ではどうにもできないものだと思い込んでもいました。
やがて東日本大震災に見舞われ、原発の爆発を目の当たりにしながら継続された勉強会は、私に自分自身を再教育する必要性を自覚させ、その後何年にもわたって続けられることとなる「嫌な自分の研究」の土台を提供してくれました。
その甲斐あって今ではどんな試練にも動じることは無くなり・・・と言いたいところですが、できないことをできないと言えず、できないことを「上手くやって見せようとする」幼稚性の克服は道半ばでして、ことあるごとに緊張して下痢をする脆弱さとの決別には至っておりません。それでも、コロナ騒動が始まる頃までには、先々への不安や恐怖で居ても立っても居られないとか、眠れないようなことはなくなりました。
そんな私が日頃「危ないな、また悪い癖がぶり返しそうだな」と感じた時、呪文のように唱えているのが古神道に由来する「中今」だったり、荘子の「不将不逆(不迎とも)」だったりするので、ああ、これを知ってるだけで実践は不十分という所までに半世紀以上も要した自分がいる一方で、22歳にして深く理解し実践まで完了するメダリストもいるのだから、世の中というのは本当に面白いものだなぁと感慨を深くして会場を出ました。
ちなみに、無理やりにでも世界獣医師大会2026と関連付ける「鍵山選手は犬派・猫派どちらですか?」の質問には「犬派です」と即答。犬を見ていると嫌なことを全部忘れられると話すときの彼の表情から、こりゃ本当に犬が大好きなんだなと開業獣医師的に確信したことも、参考までにご紹介させていただきます(笑)。