あおぞら診療日記「マロンくん」

マロンくんには重度の気管虚脱の持病があり、一晩中眠れないほどの咳に悩みました。中等度以上の同病では、発咳の制御に副腎皮質ホルモン剤の長期反復投与や、最終的には気管内ステント留置術の検討を迫られる例も少なくありません。残念ながらこれらの方法には現在でも課題が多く、代替し得る様々な治療方法の模索が続けられています。

発症時に比較的若齢であったため、副作用による継続困難が見込まれる治療は極力回避するという大方針の下、飼い主さんと綿密な打ち合わせを重ねました。強力な抗炎症作用のある薬剤に頼らず治療を成功させるには、一見回り道にも見える治療手順の意義をご納得いただくことが不可欠だからです。

こうした地味で息の長い管理の結果、マロンくんはステロイド剤にも依存せず、漢方と高生物利用価サプリの補充療法により、非常に長期間咳もなく生活することが出来ています。年齢不詳の若々しさと、敬称がクンかチャンか誰もが迷うイケメンぶりを保つ裏には、治療に対する飼い主さんの深い理解と不断の努力があったのです。

 

====================命はもともと自立的=====================
病気になったとき、それを治すとはどういうことでしょうか。
たとえば胃に炎症が生じて食欲がなくなったときに飲む胃薬。
炎症で傷んだ胃粘膜を様々な機序を介して修復することを助けますが、
飲んだ胃薬そのものが胃の中で「正常な胃粘膜」に変身したり、置き換わることは出来ません。
炎症で壊れた胃粘膜も始めはそうであったように、
損傷部を修復するために新調される胃粘膜もまた「身体」が作ってくれます。
繰り返しますが、胃薬は修復の過程を助けるのであって、
飲んだ薬自体が胃粘膜に成り代わって胃の中に存在し続ける訳ではありません。
傷んだ身体(の一部分)を元通りに直すのは例外なく身体自体の営みで、
治療はそれを促したり、邪魔する要因を取り除くだけです。
つまり、命は本来自立的であるということ。それに寄り添うのが治療者の役目。
動物にその自覚を求めるのは無理としても、われわれ獣医療者はもちろん、
飼い主さんにとってもこの深淵なる原理への理解は意義深いでしょう。
命が自立的であることへの理解を(無意識的な場合も含めて)深めた飼い主さんが、
最愛の動物を健やかな状態に保つことに成功している様子は、
獣医師の私にいつも清々しい感動を与えてくれます。
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