あおぞら診療日記「チョコくん」

高齢の猫ちゃんにおける宿命の病ともいわれる「慢性腎臓病」。

ヒトを含む他の哺乳動物一般に比して高いとされる罹患率と発症年齢の若さに加え、腎臓という再生能力を持たない器官ゆえの不可逆性(失われた構造は二度と復元されない)は、すべての猫オーナーにとって不安の種となっています。

特に老齢に差し掛かり、身体の随所に加齢性の不具合が生じ、その治療に全身麻酔が必要となった場合、基礎疾患として慢性腎臓病が存在すると、非常に難しい判断を迫られることになります。

全身麻酔に伴う血流の低下は、直ちに腎臓病の悪化に結びつくリスク要因であることが知られているからです。

チョコくんは慢性経過した歯周病が原因で顔が腫れ上がり、口腔と鼻腔または体表面を結ぶ瘻管(本来無いはずの通路。これが形成されると、相互に隔離されるべき部位同士が病的に連絡・疎通してしまう)が形成された状態で病院に担ぎ込まれてきました。

食事を摂ることもままならず、非常に削痩し、衰弱していました。

そして、高齢猫の例に漏れず、チョコくんも腎臓病の増悪による尿毒症を併発していました。

腫れ上がった顔から流れ出る膿を止めるためには、最終的に全身麻酔下での歯科・口腔外科処置は避けられません。

しかし、歯科・口腔外科処置後に腎不全に陥ってこと切れるようなことにでもなれば、いったい何のための全身麻酔処置だったのか?ということになります。

まず第一にこの困難な状況をオーナーさんに理解していただき、さまざまなリスクについて「受け容れ可能か否か」を徹底的に議論しました。

そして、まずは慢性腎臓病症状の安定化を図り、小康を得た上で可及的速やかに歯科・口腔外科処置を実施する大枠を決定。

各段階で必要な準備の分掌(医療者が取り組むものと、オーナーさんが担当するものを整理)を明確化していくことにしました。

その甲斐あって、初診から数か月後には全身麻酔下での大掛かりな口腔外科処置を乗り越えることができました。

手術前から開始した慢性腎臓病に対する保存的な治療(漢方と有機ゲルマニウムの組み合わせ)を継続した結果、二年以上経った現在でも、少なくとも対外的には「チョコくんはどこが悪いの?」と質問されるレベルの外貌と快活さを保つことが出来ています。

チョコくんの場合、歯周病も慢性腎臓病もきれいさっぱり取り除かれたわけでは決してありません。

それでも、病態を深く理解し、治療に主体的に取り組むオーナーさんの努力に支えられ、実際上のQOL(生活の質)を極めて高く保つことが出来ている点で、高齢ペットの晩年を案ずる世のオーナーさんにとって、希望と示唆に富んだ先例であることは間違いないでしょう。

 

 

====================命はもともと自立的=====================
病気になったとき、それを治すとはどういうことでしょうか。
たとえば胃に炎症が生じて食欲がなくなったときに飲む胃薬。
炎症で傷んだ胃粘膜を様々な機序を介して修復することを助けますが、
飲んだ胃薬そのものが胃の中で「正常な胃粘膜」に変身したり、置き換わることは出来ません。
炎症で壊れた胃粘膜も始めはそうであったように、
損傷部を修復するために新調される胃粘膜もまた「身体」が作ってくれます。
繰り返しますが、胃薬は修復の過程を助けるのであって、
飲んだ薬自体が胃粘膜に成り代わって胃の中に存在し続ける訳ではありません。
傷んだ身体(の一部分)を元通りに直すのは例外なく身体自体の営みで、
治療はそれを促したり、邪魔する要因を取り除くだけです。
つまり、命は本来自立的であるということ。それに寄り添うのが治療者の役目。
動物にその自覚を求めるのは無理としても、われわれ獣医療者はもちろん、
飼い主さんにとってもこの深淵なる原理への理解は意義深いでしょう。
命が自立的であることへの理解を(無意識的な場合も含めて)深めた飼い主さんが、
最愛の動物を健やかな状態に保つことに成功している様子は、
獣医師の私にいつも清々しい感動を与えてくれます。
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