あおぞら診療日記「あんこちゃん」

あんこちゃんは幼い頃からおなかが弱く、入院加療が必要になるほどの消化器障害に見舞われることも少なくありませんでした。

幾多の苦難を乗り越え、立派な成犬に育ったあんこちゃんでしたが、ある時期から尿路のトラブルを繰り返すようになり、最終的には膀胱内に結石をたくわえる状態に。しかも、病理分析から明らかになった結石の性質は、従来多用された「尿を酸性化する」治療では解決が困難な上、外科的に摘出しても、高い確率で再発・再手術を余儀なくされることが当時問題視され始めていたタイプでした。

実際、西洋医学的な定石に従った内科管理の甲斐もなく、あんこちゃんの膀胱内結石は増大し続けたので、やむを得ず外科的に排除。その上で、飼い主さんは当時まだ斬新であった当院における中医学的な再発予防の治療提案に期待を寄せ、外部の中医師の助言を得ながら実際の管理をスタートさせました。

結果は極めて良好で、漢方による管理はすでに五年を超えていますが、尿路疾患を疑わせる症状や結石症の再発がないばかりか、あれほど悩まされた脆弱な消化器にまつわるトラブルもすっかり影を潜めてくれました。

これは、膀胱や尿路といった狭い標的器官ではなく、全身機能のアンバランスにこそ結石症の原因を求める中医学的な整体観(※)に基づく養生療法が期待を上回る成果につながった「漢方治療」の本領が発揮された好例で、飼い主さんの息の長い熱意が、治療上の「急がば回れ」や「一石二鳥」を示現した理想的なケースだと言えましょう。

(※)整体観とは、概ね「人体を有機的な統一体と捉え、病変を局部の変化とみることなく、広く全体的に捉えようとすること。人間は一人一人が全てを備えた小宇宙。小宇宙としての人体は、大宇宙と同じ法則に従う」のように要約されることが多く、同概念は獣医学的な対象にも外挿可能と考えられている。

 

====================命はもともと自立的=====================
病気になったとき、それを治すとはどういうことでしょうか。
たとえば胃に炎症が生じて食欲がなくなったときに飲む胃薬。
炎症で傷んだ胃粘膜を様々な機序を介して修復することを助けますが、
飲んだ胃薬そのものが胃の中で「正常な胃粘膜」に変身したり、置き換わることは出来ません。
炎症で壊れた胃粘膜も始めはそうであったように、
損傷部を修復するために新調される胃粘膜もまた「身体」が作ってくれます。
繰り返しますが、胃薬は修復の過程を助けるのであって、
飲んだ薬自体が胃粘膜に成り代わって胃の中に存在し続ける訳ではありません。
傷んだ身体(の一部分)を元通りに直すのは例外なく身体自体の営みで、
治療はそれを促したり、邪魔する要因を取り除くだけです。
つまり、命は本来自立的であるということ。それに寄り添うのが治療者の役目。
動物にその自覚を求めるのは無理としても、われわれ獣医療者はもちろん、
飼い主さんにとってもこの深淵なる原理への理解は意義深いでしょう。
命が自立的であることへの理解を(無意識的な場合も含めて)深めた飼い主さんが、
最愛の動物を健やかな状態に保つことに成功している様子は、
獣医師の私にいつも清々しい感動を与えてくれます。
=====================================================

「あおぞら診療日記」に戻る

“あおぞら診療日記「あんこちゃん」” への1件の返信

  1. ピンバック: 「あおぞら診療日記『あんこちゃん』」を掲載 - あおぞら動物医院

コメントは受け付けていません。