中医学と西洋医学は「対立しない」

 

 

最近徐々に、当院が「中医学」や「漢方」に詳しい施設であると期待して相談にいらっしゃる方が増えてきました。

西洋医学的に手詰まりとなり、困り果てた飼い主さんに、別の角度から医療的なお力添えをするために研鑽を積んできた我々にとっては、大変光栄なことであると同時に、都度、身の引き締まる思いを新たにする毎日です。

いわゆるセカンドオピニオンを得る目的で来院された方とお話をする中で、しばしば遭遇する誤解の一つに、「中医学と西洋医学は対立する概念である」というものがあります。

すなわち、中医学と西洋医学は互いに排他的であり、両立することはないので、どちらか一方を選ばなければならない…そう考えておられる方が少なくないというもの。

中にはさらにその誤解を押し進めて、当院にやって来たからには西洋医学と決別し、中医学との一蓮托生を誓う「踏み絵」を踏まされるのではないか!?的な心配をしてらっしゃる方まで存在するのです。

治療の出口が見つからず、困り果てて相談に見える方が漂わせる「ただならぬ悲壮感」の中身に、実はそのような種類の心配までもが含まれている場合もあることを、私もようやく学んだ次第です。

さて、結論を申し上げますと、「中医学と西洋医学は対立しない」というのが事実です。

中医学、西洋医学のいずれにおいても、

A:「~学」の名に耐える学問的な論理性を具えた中医学

A´:学問的とは言えない非論理性が目に余る中医学もどき

B:「~学」の名に耐える学問的な論理性を具えた西洋医学

B´:学問的とは言えない非論理性が目に余る西洋医学もどき

というものが存在し得ます。

さきほどの「中医学と西洋医学は対立しない」というのは、「『A』と『B』は対立しない」ということを意味します。

(なお、臨床の現場において、A´やB´が実はかなり幅を利かせている可能性については、別の機会に考えたいと思います。)

私自身が中医学を学ぶ必要性を確信したのは、上記の「B」に準拠した教育を受けた一人として、「(教育期間中に聞かされていたのと比べて)『B』では治らない病気が多すぎるのではないか?」という問題意識からでした。

しかし、『A』の中医学を学び、理解を深めていく中で、それまで私たち臨床家が当たり前だと思っていた治療実践の中にも、上記分類の「B´(西洋医学もどき)」によって歪められた(毒された?)面が多々あることに気付かされました。

さらに、本流の「B」は既に、自らの理論的な弱点を自覚し、その克服や弊害の最小化に努力する段階に達していることも、分かってきました。

それゆえ、冒頭で紹介した「中医学と西洋医学は両立しないんですよね?」という疑問を抱かれた飼い主さんに対しては、

「中医学と西洋医学は、今も昔も『病気の克服』『健康の回復』という同じ目標の山を登っているのです。中医学と西洋医学は、同じ頂上へと通じる、異なる登山道のようなものだと思ってください。」

とお答えしています。

従って、当院へ中医学的な視点での意見を求めて来院される方には、現在までのかかりつけ医との良好な関係を維持するよう推奨させていただいております。

特に、当院から距離的に離れた場所から相談に見える方は、ワクチン等の予防処置を通して、日ごろから地元の先生との付き合いを深めておくことが大切。

普段ペットが遭遇する健康上のトラブルの大半は、速やかな受診による早期の治療開始が最善で、遠くの病院に実用上のメリットが乏しいことは明らかだからです。

長年の信頼関係に基づいた近所のかかりつけ医との付き合いは大切にしつつ、当院が持つ中医学的な助言や治療が必要な時には、後顧の憂いなく当院をご利用いただく。そのような状況が望ましいと考えております。

最後に、最近私が目にして、本物の西洋医学(「B」分類)に奉じている専門家たちは、やはり「知っていらっしゃる」のだなと感じたコンテンツを紹介させていただきます。

まず一つ目は…

「外科医の視点(けいゆう先生)~『がんの標準治療に疑問を感じる人はなぜ多いのか?個別化への理解』」

各症例ごとの個別性を「社会的なもの」と「科学的なもの」に整理して解説されています。

がんの治療については、90年代の終わりには日本癌治療学会などが「がんの成因の多様性を無視して、がんという結果の類型化だけに依拠した治療の標準化を目指しても、おそらく徒労に終わるであろう」といった趣旨の展望を示していました。

それから二十年以上が過ぎた現在、科学的個別性に関する議論の進捗と課題を、非常に論理的かつ分かりやすく解説されています。

 

続いての二つ目は…

「How your emotions change the shape of your heart (TED Summit 2019) : Sandeep Jauhar」

おなじみTEDのスピーチから。循環器専門医の演者が、たこつぼ型心筋症の紹介から説き起こす「感情がどれほど心臓に強烈な影響を与えるか」という話。

心血管系疾患の病態モデル研究用に準備されたウサギさんたち(ものすごい高コレステロール食を給与され続ける)の命運を分けたのは、食餌の内容でもバイタルサインの傾向でもなく、なんとウサギさんたちのお世話に当たる実験動物テクニシャンが、どのくらい愛情深く彼らに接したか?だったらしい…というNatureの論文などを紹介。

「心臓を血液の駆出ポンプという『メカ』としてだけ見る限り、心臓病の予防もコントロールもたぶん上手くいかないでしょうね」という主張を展開します。出たばかりでまだ翻訳はついてませんが、スピーチの文字起こしまでは掲載済みです。

ペットの重症化した心臓疾患に、漢方を使った中医学的な治療を組み合わせると、予想を大きく超えた成果に結びつくことがよくあります。

しかし、実はその成果の半分くらいが、新しく始まった中医学的な管理などを通じて「失いかけた希望」を取り戻しつつある飼い主さんの心象風景によるものかもしれない…臨床家としての私は、思わずそう感じました。

以上、「中医学と西洋医学とは決して対立しません」というお話でした。

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