鍼、灸、経絡、ツボって?

日曜日を休診にして、鍼灸講習会(田端、東京)に参加してきました。

鍼灸と言っても、灸のほうは動物用に改良された温灸用の器具が商品化されておりますので、灸をすえる手技自体はさほどの熟練を必要としません。問題は、どこにどんな組み合わせですえるかという点。一方、鍼のほうはそもそも侵襲的ですし、これもまたどこに鍼を打つのかが問題。ヒトの医療としてすでに定着しており、実際に鍼灸の施術を経験された方も少なくないでしょう。もちろん、でたらめに鍼を打ってよいはずもありませんし、ときに患者自身が「ココが痛い」と訴えた場所とずいぶん離れた場所に鍼や灸を施され、どうしてかな?と不思議に思われた方もいるのではないでしょうか(私もかつてそう思って首をかしげた一人です)。温灸は「痛い」「苦しい」場所に直接すえることも少なくないのですが、鍼についてはむしろそうじゃない場合のほうが多いかもしれません。

経絡という言葉を聞いたことがあるでしょうか。東洋医学では、生体の全体性を重視する思想が貫かれますが、個々の臓器や器官の間を連絡する、生体のエネルギー(気、血、津液などと捉える)の通り道が想定されており、これを経絡と呼びます。そして、その経絡上に存在し、疾病が体表に反応する特別な場所を経穴といい、多くの場合「ツボ」とほぼ同意に用いられます。経穴を刺激すると、上述のエネルギーの運行に影響を与え、経絡上の諸臓器や器官の働きを促進したり、調整したりすることが出来ると考えられているのです。個々の臓器や組織をミクロのレベルで解明し、その個別の正常さが確保されれば(個々の部品がマトモなら)全身の健全さは自明になると考える西洋医学の発想と比べると、まさに「世界観が違う」とでも言うべき文化の差が存在します。どちらがいいとか悪いとかではなく、文字通り、どちらにもそれぞれの歴史に裏打ちされた世界観があると理解するのが合理的でしょう。

で、なんの話だったかというと、「なんでそんな所(痛いところと違う場所)に鍼をうつの?」という疑問。鍼や灸は、基本的に上記の経穴に施すことで、経絡を介してインテグレートされている臓器や器官の失調を正常に戻してあげましょうというものだったわけです。経絡は実際には一つや二つではなく(そりゃそうですよね。一つや二つの脈絡でひとからげにされて何とかなるくらいなら、我々も「一言では説明できない」ような身体の不調に悩まされる事態など、始めから起こり得ないであろうことは直感的に理解できます)、それに呼応して展開される経穴の分布には個体差もあるため、門外漢が鍼灸を施される際には単に「何やら不思議な配列で」己の体に鍼を刺されたり、お灸をすえられたりしている現象面だけが目に飛び込んでくることになります。しかし、腕の確かな鍼灸師によってなされる限り、その選穴(どこのツボに鍼をうつか)には明確な根拠が存在するのだということ。そこには高度な専門性があったのでした。

鍼を打つ際の根拠としては、上述した経絡に加え、トリガーポイントなんてものや、そもそも経絡自体も(漢方がそうであるように)日本的なものと、より純粋な中医学的なものがあるらしく、この状況が初学者にとってのハードルになっている面もあるのだとか。とにかく、人間様に鍼をうつ流儀から色々と借用し、動物にも針治療をしようとの発想は、中国ではごく自然に発生し、発展してきたそうで、これを今から日本の獣医師も取り入れたいものだと考える人たちが集まって、標記の講習会が開催されるに至りました。講習では、実際にヒトの鍼灸師のライセンスを持った獣医師や、中獣医学を日本に持ってきた草分け的な獣医師らが指導に当たりましたが、大半の受講者(当然、全員獣医師)は鍼の実物を手にするのも初めてという状態。同規模の一般的なコマーシャルベースの学術講習に比して、3~4倍と思われる高い受講料も、まだまだこれからの分野ならではだと、そう言って良いのではないかと思いました。

私自身は、先行して数年前から漢方に興味を持ち、指導を受けたのが中医学(日本漢方ではない、の意)のそれだったため、その「生体の全体性」を重視する思想に強く惹かれた後は、必然的に「(漢方以外の)他の方法」で経絡を刺激する治療法としての鍼灸に目が向くことになってしまい、見るからに大変そうだという躊躇はもちろんありましたが、意を決して飛び込んでみよう!と相成ったのが、受講の理由でした。

感想は「これは使える」というもの。もちろん、今現在の私の技術がではなく、鍼灸療法の治療手段としての有用性についてです。ヒトは、どうしても「刺す」ということに対する恐怖が先立ち、これを制御するのが実はなかなか大変(子供に鍼を打つのはそう簡単ではないとか)らしいのですが、動物にはその手の予断が、幸か不幸か、ほとんどないのです。東洋医学的、あるいは中医学的には、この点(恐怖や不審の念が少ないこと)は治療の成否に関して、極めて有利な条件だと考えられますから、非常に動物向きの治療法だといえます。あとは、施療に要する時間的なコストと治療効果(結果)のバランスが、実際のところどの辺に落ち着くのかというあたりの知見が蓄積されてくれば、私の施設のような人員規模のクリニックでも、実際に獣医療サービスとして提供可能ではないかと思われました。引き続き、研究を重ねてまいりますので、当院利用者の皆さんには(ちょっと厚かましいけど)乞うご期待と申し上げておきましょう。

動物の医療には公的保険(政策的な税金の投入)がありませんから、保険の制度設計によって受けられる治療が制限されるといった、ヒトでは今後ますます問題点として脚光を浴びるであろうデメリットは、はじめから存在しません。事前に治療の内容(根拠、方法、期待される成果の見通し、リスクなど)について説明を受け、その費用にいたるまで納得できれば、その限りにおいては誰でも自由に「良い」と信じられる治療を組み合わせて受けることが出来ます。このことを認識されている方はまだあまりいないようですが、とても素晴らしいことだと思います(それくらい、ヒトの医療は本末転倒に歪められているとの指摘が少なくないのです)。

この自由診療のメリットを、利用者(ペットオーナー)に最大限享受していただく大前提は、担当する獣医師が幅広い視野で疾病を捉え、そしてさまざまな角度からアプローチできる治療の選択肢を持っていること。やれ鍼だ、漢方だ、フォトバイオティクスだ、はたまた分子栄養学だと口にしたところで、今はまだ、獣医師としては「変わり者」扱いされる場面のほうが多いのは事実ですが、それでも私が目指すべき方向性としては統合医療的なもの以外ないだろうと考えるに至った理由がいくつもあり、それが傍流からやがて徐々にでも主流へと変貌を遂げる時代の到来を見越して、ちょっと先回りして、利用者の皆さんが健康上の困難に直面した際に「救命ボート」がすばやく差し出せるように、着々と準備しているつもりです。

途方もない部分を含む話ゆえ、私自身にとっても、いつまでにどれほどの成果を上げることが出来るのかは、一概には見通せないのですが、興味が尽きない作業なので、実は本人は楽しくて研究している中の一つが、鍼であったり、漢方であったりするわけです。表題の「鍼、灸、経絡、ツボって?」に対する答えはどうなったんだ?というお叱りを受けそうな現状ですが、いつの日か診察室内で私の口からこの点に関する説明が飛び出してきましたら、いよいよ例の件について実証段階に突入してきたな・・・とご理解ください。その日まで、依頼者のご期待を裏切らない治療立案が出来るようひたすら準備を進めてまいる所存です。

“鍼、灸、経絡、ツボって?” への1件の返信

  1. ピンバック: 「鍼、灸、経絡、ツボって?」を掲載 - あおぞら動物医院

コメントは受け付けていません。